このブログについて


ニフティ

たしかに、昔の堂々たる風格はまったく感じられなくなったなあ。かつてプロバイダー戦国時代にも、ニフティにはどこか別格な雰囲気があったのに・・・。

駅看板で見かける「Yahoo!がライバル」と書かれた広告のいやしさにも随分おどろきました。ニフティってこんな広告の打ち方する会社だったっけ、と。

今は間違った方向に尖ってしまっていて(というより尖ったようにみせようとしていて)、ひとことで言うと、品がない。


OpenID

社内勉強会でOpenIDについて学ぶ。

恥ずかしながら、名前を聞いたことはあるかな、いやないかなってくらいの無知さだったので、とてもためになりました。上のWikipediaの情報の非充実っぷりを見てもわかるように、まだまだこれからのようだけど、うまく普及してくれたら便利になると思います。

しかし、OpenIDの仕組み自体がちょっと複雑で、何ができるのかや、その便利さが理解しづらい印象があるのが普及にあたって障害になりそうな気配。

OpenID.ne.jpの「OpenIDとは?」の部分の説明も難解で回りくどい。技術的な説明はあっても良いけど、つまり何よ?って疑問に一言で答える巧いコピーも欲しいところ。ページのタイトルにある「自分のブログURLをIDで使える!」というのが一応それなんだろうけど、どうも明快さに欠ける感じです。


デザイニング・インターフェース

デザイニング・インターフェース —パターンによる実践的インタラクションデザイン

鴨の表紙に心惹かれてしまい、こんな本を買って読んでみました。オライリー本を買うのは実ははじめて。

この本で紹介されるインターフェースの例は、Webに限らずOSやPhotoshopのようなアプリケーションも多く含まれます。本の冒頭にもあるのですが、新しいインターフェースの概念を紹介するものではありません。普段当たり前のように使っているインターフェースが、どのような考察を踏まえて実装されたものなのか、既存の例を豊富に紹介し、その目的と仕組みを理論的な切り口から淡々と解説していくという方針。応用範囲の広い一冊です。

ただ、洋書を邦訳したときの独特の言い回しがちょっと辛くってね。「あなたは、容易に○○することができるだろう」といった具合のやつ。それが気にならない人はきっとすらすら読めるのだろうなあ。


スーパーヒーロー

How To Be A Web Design Superhero

スーパーヒーローなZeldman氏。PDFのパネルを見る限り、さぞかし型破りなプレゼンだったんだろうなあ、と勝手に想像してしまいました。


カラクリ茶坊主 in Flash

カラクリ茶坊主のFlash、左側に茶坊主、右側には大きな空白、これからさてどうしたものか

なんか思い立ってFlashなんぞやってみています。茶坊主がちょこちょこ歩いちゃいます。しょぼすぎて、笑えるのだが、これから徐々にスキルアップしてみせます。

まずはきっちりタイムラインでカタカタ動かすことから覚えたいので、一本のストーリーの構想を立てて、勉強を進めてみようかと。ふふふ。


道具の応用について

年末をもって今の会社を辞めて、おそらく来年2月頃からは気持ち新たに違う会社に勤めることとなります。今の仕事を始めて(正社員になって)、2年足らずのキャリアしかない僕ですが、人生初の転職というか、そういうタイミングがこんなに早く来るとは正直思わなかったです。

今の会社は、決して悪い会社ではないのですけれども、やっぱしただ単に純粋にWebを作っていたい年頃の僕としては、やはり今回のタイミングで辞めることについては、自分なりに正解だったのではないかと思っています。これがもう少し年齢を重ねていたら、違った結論に達していたかもしれません(いや、おんなじかもしれませんけども)。

で、会社の階段で、「大人のカフェラテ」を飲んでいたらば、今の会社にやってきたばかりの方に、すごくいいことを言ってもらえました。なんでもそうだが、ひとつの何かを突き詰めて極めてしまえば、(技術云々関係なく)他のなにごとにもその考え方に当てはめて「応用」を利かせることができるし、それまでと違った捉え方をすることもできる、と。普段その手の話題には懐疑的な僕だが、この話に限ってはとっても説得力があり素敵でした。

僕はわりと多趣味な人間でして、これまでいろいろなことに熱中(将棋、アクアリウム、ジャグリング、BMXなどなど)してきたけれど、どれもこれも中途半端な感がありました。もちろん熱中している間はほかのことに顧みる余裕なしにそのことばかり考えるようになるので、ある程度のところまでは達するのです。ですが、存分に極め抜いたとは言えない感じの、なんとも宙ぶらりんな状態に停滞し、それ以上踏み出してもいなかったわけです。

そんな僕ですが、今の仕事だけは唯一、興味が途絶えることなく続いています。高校のときからWebは作っていて、その当時作ったヘッポコサイトは、富士通のパソコンを買ったりすると、付属のマニュアルに「お役立ちサイト」として紹介されていたり、「特選街」とかいう雑誌のポータルサイト特集(当時ポータルサイトという言葉が流行っていたし、僕も便乗していた)みたいのに掲載されていたり、世間的にはそれなりの評価を得ていました。そういう経緯もあってか、なにかモノを作って人に見てもらったり、使ってもらったりっていう喜びを得るための道具として、Webは最も身近だったし、何より僕の性格に適しているのではないかと思うのです。

いまは、その道具を磨くのが、つまり楽しいのですけれども、楽しいなら楽しいでやっぱりある程度のところまでは極めてみたいものです(もちろんこれで満足という瞬間はなさそうですが)。いずれはそれを本当の意味での道具として、ほかの何かに応用を効かせていきたいとも思います。

そして、あくまで、「道具」を「ツール」とは言わないところがミソになるのではないかとか思っています。ニュアンス的に。モノを作る構成要素としてはツールかもしれないけれども、主観的な見方からすれば違う。やっぱし名前は、そのものを捉える姿勢として重要であり、ツールって言っちゃうとちょっとばかし違って見えてしまう気がして危ないのです。なんというか、大切さ具合が。しかも「道具」って素朴な響きでなんかいいです。ドラえもんの道具とはいうが、ドラえもんのツールではしっくりこないというわけです(違

まあそれはどうでも良いとして、結局、人間が作ったものである限りは、どんなことでも考え方のプロセスの根本はどれも共通したものがあるのだろうということを、会社の階段で聞いたその話を元に思ったのです。だから、「応用」を効かせる何か自体が見つかるまでは、とりあえずがんばっておいて損はないという風に考えています。そして幸いなことに僕はまだ若い。

ところで、ほのぼのと続けてきたこのブログだが、とうとうコメントスパムの餌食に。MTのフィルタリングがいい感じに機能していて、表に反映されないのが素敵ですが、一瞬いっぱいコメントが来てる、とても人気ブログだ!とか思ったのに、ぬか喜びだということに気づき、まことに損した気分になりました。と、初スパムの感想を、ついでにここに付記しておくことにしたところで、このエントリーはお終いとします。


SNSに見るウェブの実名・匿名文化

実名制 SNS になり損ねた「ゆびとま」

韓国のcyworldのように、実名のサービスが大きく力をつけているという結果も既にあります。だから、実名文化のサービスのほうが匿名文化のそれよりも最終的には普及していくという筋道は現時点ではたしかに頷けるものかもしれません。

だたそれはあくまで今現在SNSが成功するには実名・匿名どちらが良いか、の場合であって、ウェブの本質的な普及と利用促進のためにはどうすれば良いかとなると、また話は変わってくるのでしょうね。

cyworldの成功は実名だったこともその理由のひとつに挙げられるのでしょうが、それは匿名文化が当たり前だった世界に、実名文化の世界が先立ってポツリと登場したからこそではないか、と考えています。単に実名だったからではなく。

すべて実名になったら困ってしまうような文化もウェブにはあります。匿名が許されるところが良い点でもあるのですね。実社会が匿名では暮らせないからこそ、ウェブのような世界に居心地の良さも感じて貴重に思う。逆に、例えば実名のSNSが100個あったとして、匿名のSNSが1個だけだったとしたら、その1個のSNSはとても人気がでるのだろうな、と。

そういえば、「大人が幼稚なあだ名で呼び合うこと」を気持ち悪いと思う方もいるんだなあ。そりゃあそうか。僕の場合、幼稚なあだ名で呼び合うことに気持ち悪さや違和感は覚えません。でもそれはやっぱりウェブだからであって、実社会でそう呼び合っていたら、それはやっぱり気持ち悪いんだと思う。じゃあmixiのようなSNSは実社会か否か。これはどこで線引きをするかに拠りますからなんとも言えないですね。

まあ、そもそもそういった区分け自体ナンセンスかもしれないなあ、と書いていて思ったわけですけども。


メタデータ・ベタデータ・ネタデータ

ライトウエイト・メタデータの応用事例とその可能性@人工知能学会 研究会

人工知能学会 セマンティックウェブとオントロジー研究会にはいかなかったけれど、プレゼンファイルが拝めてよかったです。

ここではメタデータの分類を集計系(機械が自動的に付与)と編集系(人間が手作業で付与)の二つに大別して考えています。

セマンティックウェブなのに、メタデータをすべて手作業で埋め込むような、煩わしい作業があんまり発生するようじゃ意味ないですし、かといって足がかりを作ってやらないことには何も始まらず、データを発展させなければ有効利用できずと、両者のバランスがなかなか難しいところ。

そこで突き詰めていくと、やっぱり

骨格となるストリクトなメタデータに、コミュニティがラフなデータを付加してリッチにするモデル(Community Generated Metadata)

こうなってくるのかなあ、とか思いました。

あと、メタデータ・ベタデータ・ネタデータってなんかウケました。いいなあこれw


テレビコミュニティポータルという新しい位置づけ

テレビブログ

うーむ、テレビコミュニティポータルかあ。なるほど。うまく根付いたらおもしろそうですが、どうなるでしょうね。まだなんともいえませんが、とりあえずしばらくの間、注目してみたいと思っています。


今はなき惑星チャンネル

C O U L D:Podcast No.26

C O U L Dで公開されているPodcastingがとてもおもしろかったです。

内容は第一線で活躍される木達さん、益子さん、長谷川さん3人が、Web標準を肴にゆず酎を飲みながら(?)、語る一部分を収めたもののようですが、セマンティックWebの理想と、逆にむず痒くもある現在の問題点とが垣間見れるというかなんというか、とにかく貴重な音源だなあ、とか思いました。

そのなかで、とほほさんの話になったとき、昔BIGLOBEの企画(?)のひとつだった「惑星チャンネル」というコンテンツを思い出しました。これは「とほほのWWW入門」や「牛飼いとアイコンの部屋」、「Freeware Position」(通称フリッポ:たぶんいまはない)といった著名な個人サイトの運営者が集まり、みんなでなにかしようみたいな、そんなノリのものでした。

その当時僕は「デジタルアシスタント」とかいう、いわゆるメタサーチなどと呼ばれた検索窓とか定番サイトへのリンク集などから構成されたへっぽこサイトを運営していたわけですが、なにかをきっかけ(おそらく「Freeware Position」の方に誘われた)にしてそのような方々に交じり「惑星チャンネル」に参加していたという経緯があります。

まあ参加したといっても当時僕はなにをどうこうしていたわけでもなく、今思えば「惑星チャンネル」とはなんだったのだろう、なぜ僕のサイトもあのなかに混じっていたのだろうという不思議な思いもあります。それに実際にとほほさんや、「牛飼いとアイコンの部屋」の運営者の方とお会いしたり、メールをやり取りしたこともないのですから、あれは本当に参加していたといえたものか、よくよく考えると疑わしくもあるのです。

それでも一応「惑星チャンネル」が持っていた専用サーバーには、僕のサイトのファイルもアップさせて頂いたりしていたわけです。あの頃専用サーバーというのはもう憧れの的で、共有サーバーですら今のように手軽に申し込めるような雰囲気もなかったので、それだけでもう大変ありがたがったりしていました。

先に挙げた3サイトのほかにも、数サイトが「惑星チャンネル」のメンバーにいたと思うのですが、なにしろ7、8年前のことなのでうまく思い出せません。

いまさらながら「惑星チャンネル」飲みとかやったら面白そうだと、ひとり勝手に盛り上がっています。まあないでしょうが、もしそんな集まりが開けたとしたら、僕はまず、ずっと謎であった「惑星チャンネルとはいったい何だったのですか」という率直な疑問を投げかけてみたいところです。


情報フロンティア研究会報告書の嬉しいHTML版

情報フロンティア研究会報告書

総務省でも報告書が公表されていましたが、「趣味のWebデザイン」で、これをHTML版に再構成したものが公開されていましたので、一読しました。

内容はユビキタス社会における ICTの動向と今後の展望について窺える有益な資料です。2章ではセマンティックWebや、ブログやSNSにおける個人/グループレベルでの情報流通についても触れられており、課題点を知り、今後向かう先を占う意味でも、時間を割いて読む価値のあるものです。

ところで、インテグラル型、モジュール型、一業務の進め方に特化して当てはめるなら、うちはどっちなのだろう。どっちでもないとかw