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ネガティブぴっぽのネガティブ日記

こういう物をきっかけに興味を持つのはどうか?:ダヴィンチ・コードとキリスト教

今日はやや濃い話。

最近個人的にはダヴィンチ・コードがかなり売れている事で、キリスト教や他の宗教について興味や疑問を持つ人が増えるのではないかと期待している。
別にキリスト教が嫌いなわけではなく、むしろ興味深い歴史を持っているので好意的なんだけども、「歴史は常に勝者によって作られる」というダヴィンチ・コードにも出てきた言葉にあるように、何も教科書が真実ではないのだよという事を日本人にはもう少し興味を持って欲しい。この考え方は韓国や中国との関係にも通じる物があるわけで・・・。
何を偉そうな事言ってるんだって話もあるので、あくまでも個人的な見解の話で進めまっす。ええ。

宗教というのはその性質から他の宗教(異教)を受け入れ、認めるのが非常に難しい。
一神教(キリスト教もイスラム教も一神教だ)においてはさらにその傾向が強く、他の神を崇める事は決して許させない。
ちなみに一神教にも大まかに分けて3種類(唯一神教・拝一神教・単一神教)あり、それぞれ他の神を認めるか見解が違うのだけど、一般的に「一神教」というと唯一神教の事を指す。

そんなキリスト教なので、元は同じ起源(ユダヤ教)を持つイスラム教はもちろん、他の宗教に関しても戦争や侵略を繰り返してきた。
別にキリスト教だけというわけではなく、他の大きな宗教は基本的に同じ行動を起こしているのだが、ヨーロッパを中心に広がった宗教だけに歴史に残る出来事が多いのはキリスト教だ。

そのキリスト教の神であるイエス・キリストは謎の多い人物で、死後に神格化されたとの見解がある。
これは納得の行く見解なんだけども、キリスト教徒からするととんでもない事でもある。
キリストの誕生までいまいちまとまりのなかった原始キリスト教(厳密にはキリスト以前はキリスト教と言わないのだが)は、イエスの出現によりまとまり、勢力を拡大していった。

キリスト教の最大の謎はイエス自身にあると言っていい。
イエス・キリストの行動は歴史の中で様々な解釈を受けており、その解釈一つで宗派が分かれたりしている。
たとえばイエス・キリストの母であるマリアは、宗派によっては聖母マリアとして存在が認められているが、ネストリウス派と呼ばれる宗派ではマリアはキリスト教の神であるキリストの母ではなく、あくまでも人間イエスの母であるとの見解を示し、カトリック・東方正教会・プロテスタントなどのキリスト教主流派からは異端と認定されている。

このようにとてもデリケートな神キリストの事に関して、ダヴィンチ・コードは重大な見解を述べている。
詳しくはここでは書かないが、もし本当だったとするとキリスト教2000年の歴史上もっともショッキングな事件になるだろう。

実際のところはかなり危うい見解だが、これはこれで面白いと思うので、読んでみると良いかもしれない。

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